引津亭(ひきつのとまり)。糸島にあるこの港は奈良時代、遣新羅使が汐(しお)待ちで過ごしたところである。万葉集には、大陸の玄関口であるこの地を舞台にして詠んだ歌が残る。
梓弓(あづさゆみ) 引津の辺なる なのりその 花摘むまでに 逢(あ)はざらめやも なのりその花(柿本人麻呂)
引津の浜辺で、なのりそ(ホンダワラ科の海藻)の花を摘むまでは逢い続けるよと自分の恋心を引津の「なのりそ」にかけて詠んでいる。
万葉集に残る引津亭を詠んだ和歌は、都人が使命の困難さと旅の苦しさ、望郷心を吐露した歌が多いが、この歌は柿本人麻呂らしいロマンあふれる歌である。
2月も終わりを迎え、糸島では春霞(はるがすみ)が漂い春の気配が感じられるとき。
草木は、冬の寒い季節をじっと耐え、大地から静かに養分を吸い上げ、これから命いっぱい咲こうとする一歩手前のとき。
スタートラインにたち、蓄えた力をこれから発揮しようとする一歩手前の時間。肌寒いものの、空は高く、海は春色に染まり、神々の気韻というべき春霞漂う糸島を描いた。
販売・発送元:大川 博