デジタルペインティングで注目のアーティスト、大川博が渾身の気力を挙げて描く「糸島八景」シリーズ。その第一弾は、糸島市志摩の二見ヶ浦にある夫婦岩。イザナミとイザナギの神霊が宿る大きな二つの岩には、大しめ縄がかかる。群青の玄界灘、そして雄大な大空。大川博の斬新な発想で、神々のすまう深遠な世界が印象的に表現されている。
1.月照 玄界灘に沈みゆく満月
夕暮れどき、東の空に昇った満月は煌々と夜空で輝き続け、払暁、西の空に沈んでいく。西方に大海原を見渡せる二見ヶ浦。夜明け前の月光が、やさしく静寂の夫婦岩を照らし出す。白い鳥居と夫婦岩、そして満月の合わさるさまに、思わず手を合わせたくなる。
2.渡り鳥 大陸と行き交う玄関口
九州北部の突端ともいえる糸島半島。古来、大陸との玄関口としてさまざまな人々が往来する地だったが、実は、渡り鳥たちにとっても大切な玄関口となっている。羽を休め、体力を取り戻してから、飛び立っていく鳥の群れ。見送る者にも元気が湧いてくる。
3.和御霊 幸せ呼ぶ温和な霊力
雲一つない青空に、凪いだ海。神様のやさしく、温和な霊力である和御霊(にぎみたま)をあらわしているかのようだ。人々に幸福をもたらす自然の恵みを素直に感じさせてくれる。大しめ縄で結ばれたイザナミ、イザナギの神々の霊妙な徳が心を癒やしてくれる。
4.雲出 迫りくる嵐の前兆
水平線の彼方に、積雲が広がりを見せながら空に高々と広がり始めた。その下では、向かい風が吹き始めている。嵐の前兆だ。自然はやさしさだけでなく荒々しさも持つ。神々のすまう夫婦岩は、ただただ、自然が移り変わっていくさまを受け入れ、その表情を変えたりはしない。
5.荒御霊 災害起こすもう一つの顔
嵐がやって来た。それでも、夫婦岩は周りに波を立たせもせず、水面は穏やかな鏡のままだ。嵐を起こした正体が分かっているのである。荒御霊(あらみたま)。その霊力は勇猛さをあらわすが、風水害や地震といった災害を引き起こす。神様のもう一つの顔である。
6 薄明光芒 雲間から「天使の梯子」
雲の隙間から太陽の光が漏れ、放射状に広がって見える現象を「薄明光芒」という。荒天が回復するとき、このさまを見て名付けられたのであろうか、「天使の梯子」と呼ばれることも。穏やかな海へと戻っていく。流れていく雲の向こうで、いつしか日は傾いていた。
7.夕照 夏至の頃、岩の間に沈み
夏至の頃、夫婦岩の間に沈んでいく夕日が見られる。その様子を撮影しようと、二見ヶ浦は、大勢のカメラマンでにぎわう。美しい夕日のスポットがいくつもあり、糸島半島の海岸沿いの道はサンセットロードと呼ばれる。それを代表するのが夫婦岩での光景だ。
8.黄昏 紫と青のグラデーション
よく晴れた日、太陽が沈む前後、澄み切った大空は赤や青に幻想的に染まる。「マジックアワー」と呼ばれる時間帯だ。その絶景に魅了され、海岸では夢中になってシャッターを切る人たちの姿も。濃い青と紫のグラデーションが現れ出すと、いよいよ夜が迫ってくる。
9.星煌 夜の世界をにぎやかに
満天の星が神々の世界をにぎやかに演出する。2020年にはネオワイズ彗星が玄界灘の彼方の夜空に長い尾を引いた。この彗星が近づいてくるのは5000年以上も先になるそうだ。夫婦岩と夜空の星々のストーリーは、さまざまなロマンをかきたてる。
10.大しめ縄 神々の依り代感じさせ
夫婦岩にかけられた大しめ縄。櫻井神社の氏子が毎年、長さ30㍍にもなるしめ縄をない、4月下旬~5月上旬に架け替えを行う。神様の居場所に不浄なものが入らないようにするとされるしめ縄。訪れる人たちに、夫婦岩が神々の依(よ)り代であることを感じさせる。
11.移ろい 白い鳥居の意味を問う
鳥居には、どんな意味があったのか。絵の中から消えた時、そんな問いかけが頭の中に浮かぶ。大川博は鳥居の白色に着目した。その白い鳥居が夫婦岩と青い空、海を仕切るさまは、大自然の中に絵画を飾っているかのようだった。鳥居の中の深遠な世界。時を移ろわせて表現した。