広大な田園風景の向こうに、高峰が連なる脊振山系の山並みは、糸島の豊かな自然を雄大に演出してみせる。その峰々の一つ、羽金山中腹に、よく知られた景勝地、白糸の滝がある。緑濃い山中の谷間に、花崗岩が階段状にそそり立ち、清流がさまざまな瀑布をつくり、滝つぼへと流れ落ちる。勢いよく下る飛瀑が愛でられる滝が多い中、白糸の滝は、水の流れを生み出す岩々が強烈な個性を放つ。「岩水一如」のさまは、その中にいくつもの仏の姿を感じさせる。
1 あけぼの バラ色の空のもとに朝霧
春の日の出前を繊細に表現する季語がある。まだ暗いながらも、夜が明けようとするころを指す「春暁(しゅんぎょう)」。そして、ほのぼのと夜が明け、次第に物が見分けられるようになるのが「春曙(しゅんしょ)」。バラ色に染まる空のもと、たちこめる朝霧の向こうに滝が現れる。
2 花筏 にぎやかに連なり滝を見物
山深い標高530㍍の高所にある白糸の滝。幾筋にも流れ落ちる絹糸のような白い瀑布。桜の季節になると、その流れに誘われるかのように無数の花びらが舞い落ちていく。滝つぼの水面に散った花びらは、筏のように波に揺られる。にぎやかに滝の見物をしているかのようだ。
3 万緑 森から供される清々しい水
立夏が過ぎ、木々の新緑がまぶしい季節となった。気づかぬうちに、山の緑は、もくもくと膨らんでいく。そう、ここはまさに万緑の世界。その瑞々しく、力強くもある森から供された清々しい水が白糸の滝を流れ落ちていく。その恵みに、感謝の念が湧いてくる。
4 紫陽花 滝しぶきを浴び七変化
滝しぶき 霧と流れて 紫陽花に (新美南吉) 白糸の滝周辺は、有志の「白糸あじさいの会」によって10万本の紫陽花が植えられている。多種多様で、土の性質によりその色合いを変えることから「七変化」と呼ばれる。風に流された滝のしぶきを浴びた花々はその色をより濃くする。
5 晴嵐 現世を離れた白と黒の世界
よく晴れた日に山肌から、森の木々をやさしく包んでいくように、山の気が立ち上っていく。やがて、それは霞となり、白糸の滝を覆っていく。色彩は白と黒だけの世界。その神秘性は、見るものを深遠な空間へといざなう。現世を離れて静謐な時が流れていく。
6 驟雨 修験場の霊性を感じさせ
激しい雨が岩肌ではね、白糸の滝は勢いを増していく。古くは霊山として、多くの修行僧が山岳仏教の修験場とした脊振山系一帯。厳しい修行で悟りを得ようとした修行僧たちの世界でもあった。霊性を感じさせる祈りの場。瀑布の中に、修行僧の姿を想像してみたくなる。
7 雨後 岩々に仏様の姿があらわれ
雨が降り止んだ後、やさしい日が森を照らし、白糸の滝は穏やかなときを取り戻す。滝の中には、仏様が座し日差しを受け止めている。滝を訪れた人からは、階段状になった岩々を見て「仏様のような形をしている」との声が聞かれる。それぞれの心境で、その表情はさまざまに変わって見えるのだろう。
8 夕照 悠久の時を超えても変わらず
「秋は夕暮。夕日のさして山の端(は)いと近(ちこ)うなりたるに…」。平安時代、清少納言は「枕草子」で、秋のおすすめは夕暮れだとつづった。悠久の時を超えても、滝は姿を変えずに流れ続ける。日が沈んだ後の、風の音や虫の音も、清少納言の時代と変わらないであろう。
9 月光 高雅な風合いを見せる瀑布
白糸は、生糸を指す言葉でもある。その生糸を原料にした絹の美しさは、真珠の光沢にもたとえられる。ほのかな月光に照らされた白糸の滝。その飛沫は、夜になっても輝き続ける。滝が流れ落ちる岩々は、高雅な風合いの衣をまとい、月を愛でているかのようである。
10 千変万化 人々の心を映し出し
大日如来様の命を受けて忿怒(ふんぬ)相に化身したとされる不動明王様。白糸の滝の流れの中に、その姿が浮かび上がっているようにも見える。この滝の景色をつくっているのは、岩々と、その肌を滑りながら落ちていく水の流れ。そのさまは、人々の千変万化の心を映し出す鏡になっている。
11 龍上観音様 水の玄妙さに手を合わせ
滝つぼには、龍神様がおすみになっている。闇夜、龍神様は勢いよく滝の上に舞い上がり、そして、鎮座されていた観音様をその背中にのせた。水は豊穣をもたらすとともに、災いももたらす。その玄妙さに、古来、人々は畏れを抱いてきた。心静かに白糸の滝と向き合うと、心の中にあるなにものかが見えてくる。