まっすぐと天へ向かって伸びていく杉木立。まるで奥深い山地に踏み込んだかのようだ。そこには霊気が漂い、深遠なる世界が広がる。400年ほど前、福岡藩二代目藩主、黒田忠之が創建した櫻井神社と、伊勢神宮の内宮・外宮の分霊をお祭りした櫻井大神宮からなる「櫻井神社」(福岡県糸島市志摩)。その鎮守の杜にそびえる杉は、神々が天上界から降臨してくる依り代である。その杉に寄り添うように一輪の花が咲き、神様の顕現を感じさせる。
1 春霞 杉木立に神性が立ち込め
長い冬が終わり、ようやく春が訪れようとしている。だが、明るい陽光が差してくるのは、まだ先のことである。気温が上がってくるとともに、土の中にあった水気は水蒸気となって立ち上り、やがて冷えて白い霞ととなる。それは神性を帯びて杉木立に立ち込める。鎮守の杜の目覚めを思わせる。
2 櫻花 あふれだす生命力の源
櫻井神社から櫻井大明神に向かう、杉木立に囲まれた参道。桜が満開の頃、息を切らせながら斜面を登っていくと、横手に注連縄(しめなわ)柱が立っていた。神々が宿る鎮守の杜の奥深くへと、いざなっているかのようだ。桜の花からあふれだす生命力。注連縄柱の向こうの参道は、その源へとつながっている。
3 夏空 「無垢」の世界表す白百合
鎮守の杜の向こうに広がる夏空。雲が風に流されていき、人々のさまざまな願いが届いたかのように、清々しい青空が広がっていく。杉木立の中に、白い花を咲かせた一輪のユリ。その姿から、白いユリには「純潔」という花言葉がある。鎮守の杜に広がる「無垢」の世界を象徴している。
4 雷鳴 一昼夜の嵐で岩戸神窟開き
慶長15(1610)年6月朔日、櫻井の地に暴風雨が襲い掛かった。嵐は2日の夜明けまで一昼夜続き、雷鳴がとどろき渡った。このとき、小高い丘に岩戸神窟が口を開いた。ご神霊が顕現されたのである。神様による数々のご加護が現れるようになったという。暗い空を駆け巡る紫電の閃光。それは、この世と異界とを去来する竜神様の姿のようでもある。
5 雨後 平穏の到来祝う曼殊沙華
嵐が去り、鎮守の杜に日が差し込むようになる。穏やかな世界がよみがえり、曼殊沙華が一輪の花を咲かせる。曼殊沙華は、葉が出るより先に花を咲かせる。鎮守の杜の春を引き立てるソメイヨシノと、その順番は同じだ。まずは花を咲かせ、平穏のときの到来を祝福する。ありがたい花だ。
6 夕照 可憐な秋桜が変化を生み
澄み渡った秋空に、夕照が満ちる。気持ちよく澄み切った空は、ただただ、まばゆく輝き続ける。赤や青、紫の幾層もの色合いを生み出す、霞のかかった空とは異なった風合いを感じさせる。黄昏時の鎮守の杜に目を凝らすと、秋桜がピンクの花を咲かせている。その花は、可憐で小さいながらも、そのやさしい色合いは鎮守の杜全体に温かみを伝えている。
7 冬月 生命力を託す紅い落ち椿
天空で満ち欠けする月。その移り変わっていくさまは、神秘性を帯びている。潮の満ち引きを起こすという、とてつもない力をもつ天体。畏れを抱くのは、人だけであろうか。鎮守の杜の落ち椿。その花は、いまだ紅く美しい。やがて、これから満ちていく月に生命力を託すのであろう。
8 森羅万象 無数の星々の軌跡が象徴
天地間に存在する数限りないすべてのもの、そして、そこで起きる事象。神々が宿る森羅万象を、軌跡を描く無数の星々が象徴している。注連縄柱のそばで、黄色い花を咲かせるラッパ水仙。荒々しい自然現象を経て、鎮め祀られた温和な和魂(にぎみたま)を宿している。
9 生命 永遠に繰り返される循環
健気で、凛として立つラッパ水仙。生命は、ほんの一瞬。ただ、花は枯れても根は残り、次の歳にはまた花が咲く。根が枯れても、種は残る。大地に落ちた種は発芽し、また、同じように花を咲かせる。降臨してきた神様の依り代となっている杉木立のもとで、その力を預かりながら、生命の循環が繰り返されている。